−No.10(No.72号)
編集:Y.K.   
 2003/09/10  

『 部報は家族の皆さんにも回覧して、部活動の理解と協力を 』   
 今季は異常気象なのか、週末に必ず雨が降り、部活動にも影響がでているのでは、と言
う練習嫌いの怠け者の言い訳が聞こえそうです。確かに、天候不順は部活動だけでなく、
大げさに言えば日本経済、世界経済などにも大きな影響を及ぼす。暑い季節はあくまで
暑く、寒い季節はまた寒くでなければならない。今年はやけに春先から雨が多いし、冷
夏で農産物に与える影響も気になる、と不安げに思うのは大人達だけなのだろう。
夏のトムソーヤーたちは、「次、何をして遊ぼうか」で頭の中はいっぱい。幼い頃、縁
側で寝転んで空を仰いでいると、庭木の間の青空に、不気味なほどにだんだんと大く膨
れ上がっていく入道雲を眺めながら、何かが起こりそうな不安と期待が胸の中に膨らむ
のを感じたものだった。
今年度上半期の我が部の活躍ぶりにどんな「期待の膨らみ?」があったか、以下ご覧く
ださい。
 また、別紙に寄稿「風待ち帆陰白波間の読書案内」と、いつも長い編集後記に投稿規
定についての面白いご案内もありますので、ご一読を。

【行事報告(平成15年6月〜8月)】
《ヨット部 6月例会》
開催日時:平成15年6月10日(火)
開催場所:西庁舎11階会議室
出席者:水野、川浪、吉岡、松田、佐藤、有馬
概要:主な議題は以下のとおり。
 ヨット教室開催について
 8月10日名古屋港で開催、募集人員8名まで、参加費3000円、その他例年どおり。
 互助会【くすのき】に募集広告を出してもらう。

《中部近畿自治体職員ヨット競技大会》       堂々3位入賞!!
第28回中部自治体職員ヨット競技大会、第22回中部・近畿自治体職員ヨット競技大会
開催日時:平成15年7月5〜6日(土日)
開催場所:蒲郡市海陽ヨットハーバー
参加チーム:愛知県庁(ホストチーム)、半田市役所、名古屋市役所、岡崎市役所、三重
県庁、大津市役所、京都市水道局
参加者:水野、吉岡、鈴木、加藤、知田、佐藤、小島
概要:天気にも程よい風にも恵まれて無事予定の競技を行うことができた。中部では久々
の3位入賞ということで、全国大会に向け期待が膨らんだ。久しぶりの加藤スキッパーが
やや入れ込みすぎの嫌いはあったが、彼のガッツ(死語の部類か?)がチームを盛り上げ
てくれたのだろう。
1日目、艇の受け取り、整備後に時間があったので、近くにあってもなかなか行けなかっ
た隣の「ラグーナ蒲郡」を見学した。フェスティバルマーケット(入場無料)で、試食のえ
びせんや魚などがあり、缶ビール片手に一周するとちょうどいいと思った。大トロの握り
が一貫づつ並んでいたのでこれも試食だと思ったら(そんなに世の中は甘くない)、1貫
500円だった。
ラグーナのハーバーから、2本マストの大型クルーザー(元アメリカズカップ・日本チャ
レンジ支援艇)のクルージングツアーがあった(50分3000円)。そのほか、遊園地、
海水プール、温泉、レストラン、リゾートマンションなどのほか、中高一貫の私立学校が
トヨタなどを中心に敷地内に設立されるとか。戸建ての別荘と付属した船の係留施設があ
るラグーン地区計画がこの不況では無理なので、代わりに敷地を学校にするという。教育
についても「カイゼン」を目標にするのだろうか?
夜のレセプションパーティは相変わらずにぎやかであった。また、愛知県庁OBの磯貝さ
んも参加され、プロテスト委員の長坂さん(豊田市役所)のよさこい踊り、大津市役所の
蛍踊り、半田市役所のマコちゃんのパフォーマンスなど、相変わらず。
2日目、いよいよレーススタート。自治体職員向けの適度な風で、救助体制をとることも
なく運営も楽であった。レース結果は別紙のとおり。

《ヨット部 7月例会》
開催日時:平成15年7月8日(火)
開催場所:西庁舎11階会議室
出席者:水野、吉岡、鈴木、加藤、有馬、知田、佐藤
概要:主な議題は以下のとおり。
@全日本自治体大会
 参加者確認、OB戦参加者、準備の役割分担等を決定
Aファミリーディ
 7月19日(土)鬼崎フィシャリーナ、準備の役割分担、駐車券などについて
Bヨット教室
 部員参加者確認、レスキュー艇として名古屋ジュニアのゴムボート借用、使用艇確認、
募集人員最大12名まで、参加費(昼食込み)3000円、「くすのき8月号」に広告掲
載依頼、準備役割分担、集合時間等を決定確認した。

《第30回全日本自治体職員ヨット競技大会》  30回記念大会開催!!
開催日時:平成15年7月25〜27日(金,土,日)
開催場所:蒲郡市海陽ヨットハーバー
参加チーム:宮古市役所、温海町役場、東京都庁、愛知県庁、半田市役所、名古屋市役所、
三重県庁、大津市役所、京都市水道局、大阪市役所、高松市役所
参加者:水野、川浪、吉岡、鈴木、加藤、知田、佐藤、有馬、小島
概要:   7月25日  10:00〜開会式
             13:13〜第1レーススタート(スナイプ級)
             14:25〜第2レーススタート(スナイプ級)
      7月26日  9:35〜第3レーススタート(スナイプ級)
             11:00〜第4レーススタート(スナイプ級)
             15:05〜OB戦第1レーススタート(スナイプ級)
             15:55〜OB戦第2レーススタート(スナイプ級)             
                         シーホッパー級(2レース)
             18:30〜レセプションパーティ
      7月27日  9:00〜第5レーススタート(スナイプ級)
             11:15〜第6レーススタート(スナイプ級)
             15:15〜閉会式 

 柴沼、森(信)、水野各氏表彰!!
3日間、風速5メートル前後の「程よい風」に恵まれ、快調に大会日程が消化されたが、
わが部の成績はといえば、これも「程よい低位置」、否、「定位置」に落ち着いた。レー
ス結果は別紙参照のこと。
   今年は、昭和49年9月21〜23日に蒲郡で行われた第1回大会から数えて、第
30回の記念すべき大会で、様々な企画が行われた。
開会式では、第1回大会で選手宣誓をした我が部の水野さんが同じく選手宣誓を行った。
創部10周年記念誌に掲載されている当時の写真と比べ、だいぶ髪も薄くなったが、当時
以上に力強い宣誓が行われました。
レセプションパーティでは、本大会の発足に大きな貢献をした方々への感謝状及び記念品
の贈呈式が行われた。我が部からは柴沼、森信和両氏が表彰され、また水野さんが30回
連続選手出場として表彰されました。ちなみに記念品はクリスタルガラスで、帆をかたど
った置物でした。
新たなアイドル登場!!
さて、パーティではそれぞれ相変わらずの出し物だったが、昨年の29回大会の開催地だ
った山形県温海町役場から新兵器が登場し、会場全体が興奮のるつぼとなった。出だしは
いつもの花笠音頭だったが、新人のかわいい女性部員が登場してからは、舞台下まで駆け
寄る大騒ぎ。終わっても、「みさきちゃん」コールが鳴り止まなかったほど。これには、恒
例の大トリ、半田市役所の「マコちゃん」もたじたじ。しかし、気を取り直していつものエ
ネルギッシュなパフォーマンスを見せてくれた。彼はもう50歳を超えたのだが・・・
最後は、いつものように『琵琶湖就航の歌』でお開きとなった。 お疲れ様でした。

《ヨット教室》  
開催日時:8月10日(日)
概要:思ったより生徒が集まらず、厳しい状況となり、延期した。

《ヨット部 8月例会》 レース反省例会! しかし、例会後の反省会は大盛り上がり!?
開催日時:平成15年8月12日(火)
開催場所:西庁舎11階会議室
出席者:水野、西田、川浪、吉岡、加藤、有馬、知田、佐藤、小島
概要:主な議題は以下のとおり。
@ 中部近畿、全日本大会の反省
  乗り込み不足からの基本的な操船ミスが多かった、他チームと比べ、ジブセールなど
部所有のセールが相当へたってきている、ジブセールの引き込み過ぎがある、など反省が
出された。秋に合宿練習を計画する、来シーズンには大会前にも合宿練習など、を計画す
るという案が出された。
セールについては、会計上は若干の余裕があるが、ジブ・メインの1セットで15万円く
らいなので、ジブのみ2艇分購入してはどうかという意見が出された。いずれにしても、
練習などの各部員の意欲次第とのこととなった。
A ヨット教室について
「健保だより」に募集広告を掲載してもらったが、あまり目立たず、その他の募集活動も
特にしなかったこともあり、参加者が予想以上に少なく、申し込み者にはヨット教室とは
別の形でヨットに親しんでもらうことになった。(8月16日、クルージング教室として
実施した)

《ファミリーディ》          再挑戦!大盛況で夏の締めくくり!!
開催日時:8月30日(土)
開催場所:常滑市鬼崎フィシャリーナ
参加者:川浪、吉岡家族、有馬家族、知田家族、鈴木、佐藤、小島
概要:当初、7月19日を予定していたが、天気予報が雨だったので中止としたが、開催
の要望が多く、夏休みの宿題のかたづけが大変な8月30日に開催することとなった。
朝、薄曇だったが、バーベキューが始まる頃は、すっかり夏になり、子供達も大はしゃぎ。
炭に火がつくまで、枝豆とビタミンサラダ(最近得意料理にしている緑黄野菜のサラダ)、
カルボナーラソースのパスタサラダで、まず乾杯。牛タン、カルビー、うなぎの串焼き、
フランクフルト、野菜の牛巻き、長さ60cmほどのスペアリブが出てくる頃には最高潮。
   小休止として、美州で中部国際空港建設の連絡橋くぐりをした後は、締めで豪快焼
きそば、スペイン風炊き込み御飯「パエリア」の二本立て。みんな大満足のファミリーデ
ィでした。
特に、佐藤君の豪快ダイビングは見事なパフォーマンスだった(本人は意識しておらず、
単にテンダーから海に落ちただけだったようだ)。ともかく、今年のファミリーディも
無事終わった。
 準備と後片付けが大変だけど、子供達の満足げな顔を見ると、なかなかやめられない。
 
【編集後記】
 久々に西田さんが部活動に復帰されたのもつかの間、8月14日、網膜はく離で入院、
手術ということになってしまいました。一日も早い回復をお祈りいたします(9月3日に
退院されました)。そのため、今号に掲載予定だった西田さんの海と船をテーマにしたス
ケッチの寄稿ができなくなりました。
 代わりに、「晴帆雨読」を人生の将来目標の一つに挙げている編集子による「風待ち帆
陰白波間の読書案内」を掲載しました。日本の海洋文学について若干書いておりますので、
暇つぶしどうぞ。

 さて、世界的に非常に高名な科学雑誌『nature』(ネイチャー)に関する記事を読んで
感心した。この雑誌に論文が掲載されることは科学者として大変名誉で、10回も掲載さ
れるならノーベル賞確実だそうです。投稿希望の論文は毎週150本くらいで、掲載され
るのは毎号20本ぐらい。
その採用基準が面白い。論文内容が独創性と意外性に富み、分かりやすく、かつエレガン
トであること。さらに投稿規程として、「英語を母国語としない読者にも分かりやすいよ
う明快かつ簡潔に」、「第1章は専門用語を使わずに」などがある。さすが基準や規定も独
創性と意外性に富んでいます。

 我が部の部報にはこんな投稿規定は無いので、安心してどんどん投稿をお願いします。
数行の原稿でも、手書きでも構いません。写真、スケッチでも可。
次回発行は12月初旬ですので、それに間に合うように。         (Y.K.)


〜風待ち帆陰白波間の読書案内:海洋文学について〜                              上下水道局 小島克生        <海洋国日本?>         四方を海に囲まれている島国・日本には不思議なことに本格的な海洋小説がないといわ れている。このことについては、創部10周年記念誌の拙文『海からの便り』でも触れた が、日本人は決して海洋民族ではなく、日本人にとっての海とは、せいぜい白砂青松辺り までではないかと思うほどである。日本の歴史の中でも、日本人の祖先の一部が海洋渡来 人であるとか、中国、東南アジア沿岸諸国と交流(海賊の含めて)があったこともあるが、 長い鎖国時代の影響でごく一部を除いて海洋国というイメージや発想は日本人には無かっ たのではないか。明治以降、国威発揚のため、文部省唱歌やその他様々なものを使って 「日本は本来海洋国:海外進出すべき国」と宣伝し、臆病者の背中を押していたのではな いかと疑っている。 <あの十津川警部はヨットマン?>  日本にまったく海洋小説は無いかと探すと、意外な作家が書いている。テレビの2時間 ドラマ等でおなじみのトラベルミステリー作家、西村京太郎の初期の作品群の中にある。 初期の西村は公害問題を扱った『汚染海域』など、社会派の作品を発表しており、『赤い 帆船(クルーザー)』、『消えた乗組員(クルー)』、『消えたタンカー』など、ヨットな ど船や海に関する海洋ミステリー小説も発表していた。『赤い帆船』(1973年)は、あ の十津川警部(当時は警部補)がデビューした作品でもある。なんと、あの十津川警部は学 連上がりのヨットマンだった。しかし、一連の「何とか特急殺人事件」などに出てくる十 津川警部には「海の男」というイメージは次第に無くなり、登場作品が増えても不思議と昇 進もせず、年恰好も変わらないのが、こうした人気推理小説シリーズの主人公の宿命だろ うか。 西村京太郎は『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』(1978年)以降、トラベルミ ステリー作品でヒットを出し、一部の作品を除いて海洋小説から離れてしまった。本人も 何かの話の中で、日本の海洋小説ファン層の少なさを嘆いていた。確かに、船から列車に 乗り換えたら、西村は超売れっ子作家になった。船より特急の方が速いから、しかたがな いか!?   <海洋文学ジャンルは?> 日本では他に何か海を舞台にした作品はないかと探すと、コミックでは、かわぐちかいじ の原子力潜水艦の『沈黙の艦隊』、太平洋戦争中にタイムスリップした自衛隊イージス艦 の『ジュパング』などがある。他に、一般には馴染みのない「海戦シミュレーションもの」 「漂流記もの」、「航海紀行文もの」などが書店の片隅にあるぐらい。(漂流記ものや航 海紀行文ものについては別の機会にまとめてみたいと思っている)  外国では海洋文学というジャンルが確立している。特にイギリスでは、ダニエル・デフ ォーの有名な『ロビンソンクルーソー』、フランスではジュール・ベルヌの   『十五 少年漂流記』、『海底二万哩』などの冒険小説、さらに本格的海洋冒険大河小説でもある イギリスのセシル・スコット・フォレスターの『海の男・ホーンブロワー・シリーズ』な どは国民的超人気シリーズで、架空の海軍将校の冒険物語だが、読んでいるとまるで実在 の人物の伝記と思えるほど凝った構成となっている。これはシャーロックホームズシリー ズと同様に、多くのファンの願望が実在したかのように主人公たちの舞台を作ってしまう のかも知れない。(ある評論家は例えとして、日本で言えば『鞍馬天狗』のようなものだ と言った。幕末の歴史上の人物とのからみがあるリアルな構成で、国民の誰でも知ってい るが、実在しない小説上のヒーローである。) こうした海洋文学の確立には、大型帆船で外洋に出て行ったイギリスの国民性もあるだろ う。一方、日本では鎖国の影響で、大型船の建造は禁止されており、もっぱら沿岸の廻船 程度では海洋冒険小説など醸成される風土は無かったのだろう。戦前の『のらくろ二等兵』 (これを知っている人が少なくなってきた)などの戦争鼓舞型の作品しかないのが寂しい。 何か他にご存知の作品があればご教示ください。 <二宮隆雄の海洋歴史文学>  ヨット界ではかなり有名な二宮隆雄氏は、半田市生まれで、高校時代からヨットを始め、 立教大学卒業後もヨットを続け、その間、全日本選手権15回優勝、世界選手権10回出 場などの輝かしい戦歴の持ち主である。現在三重県五ヶ所湾に定住し、主に歴史小説等の 執筆活動をしているかたわら、紀州ヨット少年団の指導やマッチレース参加などでも活躍 している。主な著書には「海援隊烈風録」、「覇王の海」、「たかが秀吉」、「風炎の海」、 「雑賀孫市」、「小説細井平洲」などがある。  海援隊や九鬼水軍などをテーマに、海を舞台とした歴史文学のジャンルを確立しつつあ るようだ。また、地元や地元に関係のある人々をテーマにした小説も執筆している。江戸 時代の名君上杉鷹山の師・細井平洲(現在の東海市に在住)もその一人である。 現在、中部経済新聞に「情熱の気風〜鈴渓義塾と知多偉人伝」を連載中である。古くから 「もの作り」の拠点である知多半島には、進取と創意工夫の気風を持った産業人を中心に多 くの偉人を輩出してきた。内容は、その人々と、その礎となった私塾についての物語であ る。 明治時代、常滑の盛田家11代目当主が現在の小鈴谷町に私塾「鈴渓義塾(れいけいぎじゅ く)」を創立し、そこから石田退三(元トヨタ自工会長)ら多くの英才を輩出した。元々、 常滑からは谷川徹三(哲学者)、平岩外四(元東京電力会長)、盛田昭夫(ソニー創立者 の一人)等が出ている。明治時代では、全国津々浦々まで教育施設が整っておらず、地方 の篤志家が地元の俊英を援助したり、私塾を設けることがよくあったようである。 知多半島は大きな古墳や有名な古戦場も無く、歴史的には派手さが無い。しかし、「もの作 り」に関しては古代の塩、中世の常滑焼き、近世では酒、酢、味噌、溜り等の醸造業が盛ん になった。当時世界一の消費地であった江戸にも近いことから廻船による運送業も盛んで あった。酒の「子の日」、味噌醤油の「ヤマイズミ」、敷島パンなどの盛田家と、「ミツカ ン酢」の中埜家は養子縁組などで親戚関係にあり、知多半島に醸造業、海運業などのコン グロマリットを形成した。 (鳥羽はこの廻船の風待ちや避難港として栄えた。創部30周年記念誌、続々「海からの便 り」の『第四便 鳥羽「パノラマ島奇談」探索始末』参照) 今後の二宮氏の活躍に期待したいが、どうしても海洋文学の領域が広がらず、大衆性が無い のは作家の問題か、読者層の問題か。二宮氏も苦悩しているのか、「偉人伝」などに作品の巾 を広げているというより、風に合わせて帆の向きを変えているのか。 <ところで『赤い帆船』は>  『赤い帆船』の幕開けは衝撃的だった。ヨットによる単独無寄港世界一周の快挙を成し遂 げ、「現代の英雄」となったばかりの内田のスポーツカーでの事故死だった。しかも毒殺の 可能性があった。内田人気にあやかって海洋レジャー部門に進出しようとした丸栄物産は、 「東京〜タヒチ間一千万円レース」を開催いて、自社のヨットのPRを企画した。  内田の学生時代からのヨット仲間、村上は内田に敗北感を感じていた。裕福な家庭の内田 に世界一周は先を越され、かつての恋人も奪われていた。村上もレースに参加したが、資金 不足からとても優勝候補ではなかった。21艇で6000マイルのレースがスタートしたが、 8日後に内田は死んだ。しかも他殺で、容疑者の一人として村上の名が挙がったが、事件当 時彼は太平洋上にいた。 そこで、学連上がりのヨットマンだった十津川警部「補」(当時は警部でなかった)が捜査 を担当することになった。どうしても犯行のトリックがつかめず、捜査は行き詰まり、いよ いよ舞台はタヒチに。英語が堪能で、タヒチの現地警察と共同捜査をしたりして、大活躍の 「海の刑事」十津川の前に新たな殺人事件発生。複雑に絡んだトリックは解けるのか?  後は、読んでみてください。  もう一つ『消えた乗組員(クルー)』は、小笠原諸島沖で消息を絶ったアベンジャーU世 号は、まるで幽霊船のようにシャークT号の前に突然現れた。艇長の細見以下9人の乗組員 は誰も居らず、テーブルの上には人数分の朝食の用意がしてあり、船内は乱れたようすもな かった。それは1872年にポルトガル沖で発見されたマリー・セレスト号が同様な状況で発見 されたのとそっくりだった。 この「マリー・セレスト号事件」と同様な海難事故が世界中で多く発生している。艇長の細 見は、こうした「バーミューダ三角地帯」など魔の海を信じる海洋研究家だが、小笠原沖に存 在するとされる「魔の海域」についてテレビで論争し、反対意見の科学評論家吉村もテレビク ルーと同乗し、その証明をしようとしていた矢先であった。発見したシャークT号はとりあ えず無人のアベンジャーU世号と共に日本に帰ってきた。  この不思議な事件を調査する横浜海難審判庁の日高理事官は、いろいろな推論を立ててこ の難事件を解明しようとするが、海難審判に召喚されたシャークT号の乗組員が次々と殺さ れることとなり、我等が十津川警部の登場となった。  やはり、後は読んでみて下さい。   「おや、風が出てきたようだ。 それじゃ、本を閉じてセールでも揚げるか! それにビ ールも切れたから、買出しに一旦戻るか。」